2003年9月の格言

平成15年9月の格言は『社長の責任』です!

電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも
社長の責任である!

「社長の責任において決定する」と言う意味は
「結果に対する責任は社長が負う」と言う意味である。

それだけではない!

「社長が知らないうちに起こったこと」でも
すべて社長の責任なのだ!

会社の中では、何がどうなっていようと、
結果に対する責任は全て社長が取らなければならない。

人の上に立つものは、
「部下が何をしようとそれはすべて自分の責任である」
と言う態度がなければ、本当の意味で人を使う事は出来ないのである。
部下の信頼を得ることが出来ないからである。

社員と言うものは、社長を信頼することが出来ない場合には、
働く意欲を失い、社長がいくら気合をかけても
これに応えようとはしないのである。


我が人生の師「一倉定」先生の社長学 第6巻「内部体制の確立」より




2003年8月の格言

平成15年8月の格言は「勇敢な決定」です!

社長とは!
 「経済に関する危険を伴う
    意思決定をする人」である!

経営者には勇敢に、存在する可能性に取り組んで
いかなければならない。
危険を恐れてはいけない!

凡庸な経営者は、危険を理由にして革新を避けようとする。
可能性は、それが革新的であればあるほど、危険も大きい。
危険を伴わない決定など、会社の将来にたいした
影響のない、次元の低い決定である。

革新的な決定は、危険だけではなく、
同時に社内の抵抗や批判も多いのだ。
部下が悲鳴を上げたり、
尻込みするような決定でなければ
すぐれた決定とは言えないのだ!


一倉定先生の社長学第2巻「経営計画・資産運用」より




2003年7月の格言

平成15年7月の格言「すぐれた決定」です!

ワンマン決定は権力の現れではない。
責任の現れなのである!

すぐれた決定は、多数の人々の意見からでるのではなくて、
すぐれた経営者の頭から生まれるのだ。
ワンマン決定は権力の現われではない。
責任の表れなのであり、決定の大原則である。

経営者は、すべての結果について全責任を負わなければならない。
何がどうなっていようと、その責任を逃れる事は出来ないのだ。
全責任を負う者が決定するのが当然である。

経営者の行う決定は、危険だけを伴うのではない。
すべての人が喜ぶ決定もまた現実にないのである。
当然そこにあるのは、いろいろな反対を押し切るという、
苦しい決定であるし、その苦しさは、
反対を押し切られた側よりも
経営者のほうがはるかに大きいと言えよう。

その苦しさに耐えなければならないのが
経営者の宿命なのである。

一倉定先生 社長学 第1巻「経営戦略」より




2003年6月の格言

平成15年6月の格言は「社長の基本的志向」です!

社長の決断や決定は、すべて外部への対応であり
未来志向である!

それは、社員の知らない世界の事であり、
社員に意見を求めても意味にない事が多い。

意見を求めるのは社内よりむしろ
社外の人の方が多いのだ。
それどころか、重要な事ほど社員に意見を
求めるわけにはいかないのである。
これが事業と言うものである。

このことを、平素から社員に話をして
理解させておかなければならない。
これをやっておかないと、
経営を知らない社員は。。。
「うちの社長は我々に相談をかけてくれない。
ワンマン社長で困ったものだ」
と言うような全くのトンチンカンな
見解を持ってしまうという危険があるのだ!

一倉定先生 社長学 第9巻「新・社長の姿勢」より




2003年5月の格言

平成15年5月の格言は「ワンマン経営」です!

 

ワンマン経営こそ 本当である!

 

ワンマン経営とは・・・
社長がすべてのことに権力を振るって
勝手な事をする事ではなくて、
社長ただ一人が事業経営の全ての責任を負う事である!

ワンマン経営のないところ、
真の経営などあり得ないのである。

会社がつぶれた時の責任は
明らかに「社長ただ1人」にある。
文字通り「ワンマンの責任」なのである。

この事を知っていれば、心無い人々が
「あの人はワンマン社長だ」
などと言う言葉が
いかに誤っているか分かるはずである。

合議制・民主経営などと言うことは
まったくの誤りで
「ワンマン経営」以外はあり得ないのである。

何事も部下に相談し、会費で決めると言う
ようなことは、厳しい現実に対しては
決して正しいことではない。

 

我が経営・人生の師
一倉定先生 「経営の思いがけないコツ」より




2003年4月の格言

平成15年4月の格言は『正しい姿勢』です!

事業経営の最高責任者である「社長」は、
まず何をおいても『正しい姿勢』を
持たなければならない!

1つは最高責任者としてのあり方であり、
もう1つはお客様の対する態度である。

「お客様の要求を満たす」ことこそ、
事業経営の根底をなす会社のあり方であり、
最高責任者である社長の基本姿勢でなければならない。

社長が、この正しい認識を持つと、
その瞬間から会社の業績が向上しだすのを
私はこの目でシッカリと見届けているのである!

我が経営・人生の師
一倉定の社長学 第九巻「新・社長の姿勢」より




2003年3月の格言

事業は学問でもなければ理論でもない。
事業の存続を実現する戦いなのである!

事業経営は『市場活動』である。

この最も基本的な事が忘れられ、企業の内部を管理する事が
事業の経営であるかのような錯覚に囚われている人々が大部分である。
世に言われる「経営学」なるものは、
この錯覚に基づく間違った思想と理論に満ち満ちている。
そして、それが計り知れない害毒を社会に流し続けているのである。

事業経営の最高責任者である「社長」は、
この妄想に惑わされる事無く
事業に対する正しい認識
・・・・・事業の品質は市場活動である・・・・・
を持たなければならない!
そうでないと、正しい事業の経営は出来ないのである。

マネジメントと称する内部管理の理論は
事業を知らない輩のきれい事の観念論である。

事業経営にきれい事は危険である。
事業は学問でもなければ理論でもない。

事業の存続を実現する戦いなのである!

我が経営・人生の師
一倉定の社長学 第九巻「新・社長の姿勢」より




2003年2月の格言


2月の格言は、
「最も優れた社員教育」です!

環境整備には、いかなる社員教育も
どんな道徳教育も足元にも及ばない。

環境整備は、これを行った人々の心に革命をもたらす。
「いかなる社員教育も、どんな道徳教育も足元にも及ばないものだ」
と言うのが私自身でイヤという程思い知らされていることでもある。
しかも!ただ一社の例外も無いのである。
多くの社長は、と言うよりも。。。
日本中の殆どの社長がこの事に気がついていないのは
誠に残念ある!
社員の隆盛は、運と言うよりも
自らの努力で勝ち取るものである。
と言うのが私の持論だが、
それは、まず環境整備から始めるべきである。

武芸でも芸事でも、
大工でも左官でも
丁稚小僧でも、
いやしくも、
それが大切なことである限り、
水汲み・薪割りなどと並んで、
修行の第一歩は常に「掃除」だった。
昔の人は、この掃除がいかに重要であるかを
すなわち!
これをやらなければ
人間形成は出来ない事をよく知っていたのだ!

一倉定の社長学 第一巻「経営戦略」より




2003年1月の格言

荒金流
今年の予測!
平成15年 1月の格言

明けましておめでとうございます。
昨年中は大変お世話になりました。

本年も変わらぬご指導語ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

   *平成15年は・・・
癸 みずのと・きすい
未 ひつじ
     の年です!!

「癸」(きすい)の意味は・・・
雨・みぞれ・雪・五月雨・小川を意味しています。
先行きの見えない暗さ・冷え込みがあるのですが
先は統一される事を意味していて、。
1つの時代が平成15年で終わる!と言う事を示唆しているようです。

平成5年から、この10年間で7人の総理が出ているが、
この「癸」「未」の年で流れが変わる年!
つまり・・・

変革の時
なのです。
平成14年よりも混迷を深める年になるように思います。

平成15年は「癸」の年
国内問題で国家が揺れる。
問題が大きく起こる。
(政治・経済・社会問題・老人問題・青年問題)

※平成14年の予測はHP格言の2002.1月に
海外の問題が出ると書きましたが。。。
北朝鮮問題・イラク問題など
まさに!海外問題が発端となり
国家が大いに振り回された年でした。

平成15年の「癸」「未」の年は
国内の政治・経済が
大変な大混乱をする年となるように思います。

「未」とは・・
文字として考えると「未熟」
女偏を付けると「妹」兄弟・姉妹の中でも
幼く・まだ育ちあがってはいない時。
また日を付けると「昧」とは
日がまた出ない早朝の意味を表す。
つまり何事においても未だ一歩不足している状態
未完成な状態。
物事がほとんど宿らず・育たないと言う意味となります。

平成15年の運気は・・・
土の上に水が置かれた状態。下にある土が下剋上の如く、上にある水を剋し、その結
果世の中が泥水のようなドロドロした状態となる。あらゆるものが混沌として混ざり
合い、溶け合ってゆく状態。形あるものは壊れ崩れ去る。政界・経済界共に統合・統
一の前の混乱状態となるでしょう。全ての業界で沼地の状態。足元が定まらなず、底
知れず下がって行くような状況が出てきます。
年末にかけて先が少し見え出す。
かすかな光ですが、大雪が溶け出し
一筋の水となる。そんな年となるように思います。

前回 巡ってきた「癸」「未」の年
1943年(昭和18年)

主な出来事をご紹介致しましょう!

1月 間接税中心の増税案を発表
3月 朝鮮に徴兵令が交付される
4月 山本五十六連動艦隊司令長官がブーゲンビル島に向かう時に
アメリカ機に撃墜される。
5月 アッツ島 守備隊2500人玉砕
7月 イタリアのムッソリーニ首相が失脚し逮捕
9月 鳥取大地震 1000人以上死亡
10月 神宮外苑で学徒出陣の壮行会が開かれる
中野正剛代議士 倒閣容疑で逮捕・自殺
米・英・中などの首相がカイロ宣言で署名

明るいニュースは全く無く。
日本の政治的・経済的状態が急激に悪化し
混沌とした相次ぐ敗退が始まった年です。
全てにおいて敗退がはじまると感じます。



今までに 巡ってきた「癸」「未」の年
主な出来事をご紹介致しましょう!

1103年 興福寺の宗徒が神木を担いで強訴する
1283年 延暦寺の宗徒がみこしを担いで宮中に乱入する
1523年 知恩院と知恩寺が浄土宗の宗の香衣綸旨の執奏をめぐって
争い、知恩院を支持していた尊鎮親王が出奔する
1583年 豊臣秀吉が柴田勝家側の峯城を攻め、天下取りに大きく前進
1703年 大石内蔵助・堀部弥兵衛ら赤穂浪士全員に切腹が言い渡され
午後6時全員の切腹が終わり、その世のうちに泉岳寺の
浅野家の墓の周りに埋葬される
1833年 新聞紙条例改正で言論の取締りが強化される

これらの点も今の時代背景からして
大いに留意しておく必要があります。


トップの1~3位の上位のみが利益が出て後はダメになる。
大きく二極化すると言えるでしょう。
同業他社はない。
まさに 弱肉強食の時代!
我社以外は敵!
しかし。。。
今の時代は不安があり、人が寄り添い集う。
企業は合併や吸収がある。
個人は一緒に住み、二世帯・三世帯住居となる。

政治家はパワーが段々と無くなり、
自分の信念を明確にしない者はダメになる!
小泉総理は、貫索星が3つあり頑固であるが
平成15年は迷いの年となる。
全ての公約が中途半端になる可能性が
非常に大きく、今後トップが明確な旗を立てないとだめになる。

平成15年は、政治が大混乱する恐れのある年。
新たなる枠組みで新党が出来るであろう。

私の習っている学問では86~90代まではダメ!
と考える事が出来る。
小泉総理は「88代」
あと3人総理が変わると時代は良くなる。
考えてみると平成18年からであろう。

では!今後どう生きるか!生き残るか。。。

答えは3つある!

私と一緒に今年を考えたい方は
荒金までメール を下さい!!
共に勉強しましょう!




2002年12月の格言

『人物三様』
何かを見るときの人物像

もし目の前に壁があったら!

小人物
 壁があったから「ダメだ」と立ち止まる。
中人物  壁に登りながら不満・愚痴を言う。
大人物  壁があるのは当たり前だと思う。
だからどうするかを考える。

すべてが上手く行くことはあり得ません。
あらゆる面で「壁」があって当たり前なのです。
この時代!むしろ壁がある事が
自分の成長するための栄養剤なのだと
捉えて下さい。
そして・・・
そう思った瞬間に、立ちはだかっていた
目の前の壁の高さは
低くなってくるのです!

壁があって当たり前!
困難があって当たり前!
そう考えて下さい。。。
壁や困難があると
必ず知恵が湧いてくるのです!